スコープNIU

2008年12月6日 全損保学習会
村上剛志さん 講演
はじめに
上がり続ける健康診断の「有所見率」、下がり続ける労働組合の組織率
 東京社会医学研究センターの村上です。今日は、自分の健康を良くするため、守るために、どうしたらいいかということと、労働組合として健康を守る安全衛生活動をどうすすめたらいいかということを、お話したいと思っております。
 ご承知のように、今の労働者の健康実態は大変深刻です。過労死の増加、過労自殺の増加、精神疾患の増加。損保業界で働くみなさんの周囲にも、病気になったり、休職をしたりしている方がいらっしゃると思います。
 資料1をご覧ください。厚生労働省の発表によると、2007年の「健康診断の有所見率」は49.3%ですが、この間、ずっと上がっています。17年前の1990年は23.6%の「有所見率」でしたから、それから比べても倍以上悪化してきているということですね。健康診断ではご存知のように、血圧、肝機能、血中脂質、血糖値などの検査するわけでが、その数値もこのところ上がってきています。
 これを見ていて何か連想することがありませんか。「有所見率」はずっと上がりっぱなしですが、下がりっぱなしというのもあります。それは労働組合の組織率です。組織率が下がれば下がるほど、健康診断の「有所見率」が上がるというわけです。「有所見率」を下げるためには、労働組合の団結、組織力を上げなければいけないという単純明快な理屈です。
 「有所見率」の上昇は、深夜に及ぶ長時間労働で睡眠時間が確保できない、栄養バランスが崩れる、食事が不規則になっている、休養や運動が不足しているということを示すものになっています。それに加えて、職場の支援、仲間の連帯がなかなかできない。職場で、自分自身も仲間も安心だな、という感じの過ごし方がなかなかできないということも問題です。特に、メンタルヘルスの問題でいうと、精神疾患をもたらすストレスの原因のトップは「人間関係」になっているわけです。そのあとが「仕事の量、質」という順番です。つまり、職場の連帯感が失われて、人間関係がかなり疎遠になってきているということが色々なメンタルヘルスの原因になっているのです。
 それから成果主義の蔓延も問題です。私は、成果主義は労働者と経営と日本を滅ぼすと、大胆に言っていますが、いまの「サブプライムローン問題」に見られる新自由主義のイデオロギーによって、ずっと成果主義が当たり前、競争は正しいということが宣伝され、職場の連帯・連携が失われて、安心できないような人間関係になってきた。これが精神疾患をもたらす大きな問題になっているということがいえます。


T.健康障害を起こすメカニズム
自律神経でコントロールされる人間の身体
 そこで今日は、健康障害を起こすメカニズム、とりわけ、長時間労働が健康障害を起こすメカニズムについて重点的にお話をしたいと思います。
 人間の身体は自律神経によってコントロールされています。体温、脈、血圧、呼吸は朝起きると徐々に上がってきて、活動が活発になる昼にはずっと上がって、夜には下がっていく。このリズムを必ず繰り返しているのです。夜は副交感神経が働いている。必ずこういうふうになっているんですね。このリズムを狂わせる働き方をすると病気になる、健康障害が現れてくるということです。
 交感神経を司るのは白血球の中の顆粒球、副交感神経を司るのは白血球の中のリンパ球と言います。交感神経は車でいうとアクセルです。活動を活発にさせるときに働く神経です。副交感神経は寝る時や食事する時、休養する時に働くということになります。こちらはブレーキです。アクセルとブレーキをうまく組み合わせて人間はうまく働いていくということになるのですが、長時間労働をやると、副交感神経を働かせなければいけないときに、交感神経の緊張状態がずっと続くことになり、体温でも呼吸でも血圧でも、無理矢理上げるということになるわけです。それで、色々な障害が起こります。最初に自律神経症状が出てくる。頭が重くなったり、痛くなったり、首筋が張ったり、肩が凝ったり、寝られなくなったり、身体が冷えたり、胃腸障害が起こったりという症状が出てきます。

寝るということがどれだけ大事なのか
 少し違う観点から、寝るということがどれだけ大事かということを説明します。
 人間の身体は横から見るとS字型になっています。これにより、バランスよく動けるようになっています。首を支える頸椎、胸を支える胸椎、腰を支える腰椎があります。頸椎は7つありますが、椎骨と椎骨を挟んでいる椎間板の成分は80%がゼリー状の栄養分になっています。その栄養を補給するためには、寝ることと運動をすることのバランスがよくとれていなければなりません。だから寝なければいけないのです。
 私は、誰かが腰が痛いと言いますと、「寝ていますか」と聞くのです。そうすると、だいたい寝ていないことがわかります。寝ないし、運動もしていないと、椎間板に栄養が補給されません。だから、年を取ると椎間板の栄養分が少なくなるのです。栄養分が一番多いのは赤ちゃんです。良く寝て、いつも動いていますから。椎間板は人間の加重によってへこみます。だから、一日中加重がかかった夜では朝と比べて1%くらい、170センチくらいの人なら約2センチ、身長が違います。それくらい椎間板をキュッと押しながら、人間は働いているのですね。その椎間板が、栄養が補給されずにかさかさになってくると、つまり、睡眠不足や、運動をしないということになると、椎間板が飛び出て骨髄に触れて痛い、椎間板ヘルニアが起こってきます。
 このような面からも、睡眠というのは人間の身体を維持するために重要なのです。

癌も働き過ぎで起きる
 さて、長時間働いているとそのストレスが交感神経の緊張状態をもたらして、血管が収縮します。そうすると、今までゆったり流れていた血液が、狭い血管に通るようになります。これが、血圧が上がるメカニズムです。ですから血圧が下がらなければならない夜に働いて、交感神経の緊張状態が続くと、高血圧になるということですね。それから狭い血管に血液を通そうとしますから、血液の濃度が上がってきます。そうするとコレステロール、動脈硬化になってくるわけですね。人間はバランスよく身体ができているわけですが、そのバランスを崩すような生活と労働をすると、このような問題が出てきます。
 さらに、資料2にあるように、癌もこのメカニズムで発生をすることがわかっています。交感神経の緊張が続くと、白血球の中の顆粒球が増え、交感神経の緊張状態が起こります。血流が増加をして、血流障害が起こってきます。顆粒球が、活性酸素を暴れさせて、遺伝子にダメージを与えて発癌するというメカニズムです。昔は、癌は遺伝と思われていましたが、最近の免疫学の進歩で、癌は働き過ぎで起きるということがほぼ解明されてきました。この点については、新潟大学教授の安保徹先生の本が文庫本でたくさん出ていますから、手軽に読んでいただければと思います。
 こういうメカニズムで病気は起こるということです。最近、筑紫哲也さん、阿久悠さん、緒形拳さんなど相次いで亡くなりました。私は労働者の安全衛生教育の仕事をしているものですから、芸能人など有名人の方々が亡くなると、翌日スポーツ新聞を買って、どういう生活をしているかと知って、やっぱりそうだなと思うのです。人間のリズムを壊すような働き方が癌につながっているのです。

過度のストレスとカテコールアミン 色々な病気の原因に
 それから、資料3に示したように、過度のストレスで交感神経の緊張状態が続くとカテコールアミンというホルモン物質がたくさん分泌されます。これは、糖尿病も引き起こします。カテコールアミンが出されてきますと白血球の中の顆粒球が増え、活性酸素を大量発生させます。ここまでは癌と同じですが、糖尿病の場合は、活性酸素が膵臓を攻撃し、インシュリンの分泌を低下させ、血糖値が上がってくる。糖尿病は大変な病気です。目や腎臓が悪くなり、人工透析にもなります。健康診断で血糖値が高いと、色々と言われると思いますが、このようなメカニズムですから、太っているとか、甘いものを食べるから糖尿病になるというわけではありません。働き過ぎている人が糖尿病になってくるということです。
 例えば、プロ野球の監督をしていた藤田元治さんは糖尿病で亡くなりました。長嶋監督のあとを引き継いで、長嶋でダメだった巨人を優勝させる。それで王監督になってやっぱりダメだったから引き継いでまた優勝する。近鉄バファローズと日本シリーズをした時は3連敗したあとに4連勝というのですから、ものすごいストレスの中で、70歳そこそこで亡くなってしまいました。その王監督も、レギュラーシーズンをやって、WBCをやって、またレギュラーシーズンをやるという大変な心労状態が続くなかで癌になってしまう。長嶋さんも、テレビ宣伝などでパフォーマンスをして、病気になるような身体ではないんだと見せていたのですが、心原性脳梗塞になってしまう。冠動脈から脳の方に血栓がまわって脳梗塞を起こしたということですが、これも交感神経の緊張状態が続いたために起こったものです。
 もう1つ大事なのは認知症の問題です。カテコールアミンが増えてくると鬱状態になります。その時点で鬱病という精神疾患ということになりますが、鬱病は神経細胞を減らしていきますから、認知症につながりやすいということが解明されています。岩波新書で「ぼけの予防」(須貝祐一著)が出ていますが、ここには認知症は鬱病からも発生するということが書かれています。今日、みなさんは元気に、労働組合から学習会に来てと言われているから来ていると思うのですが、働き過ぎていると若年の介護状態になっていきます。今はいいとしても、現役時代の働き過ぎは退職後に極端になって悪化してきます。「あの人は昔元気だったけど、見る影もなくなったわね」ということになりかねません。

6時間以下の睡眠では脳心臓疾患の危険が 「過労死認定基準」の根拠
 厚労省の現在の過労死の認定基準では、一か月の残業時間が80時間以上の人は過労死として認めると言っています。その根拠になる「脳心臓疾患の認定基準に関する検討委員会報告書」というものがありまして、睡眠時間と脳心臓疾患の関係が取り上げられています。それには「長時間労働が脳心臓疾患に影響を及ぼす理由は、睡眠時間が不足し疲労の蓄積が生ずること。生活時間のなかでの休憩休息や余暇活動の時間が制限されること、長時間に及ぶ労働では疲労し低下した心理整理機能を鼓舞して職務上も止められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これがストレス要因となる」と説明されています。疲労の蓄積をもたらす要因として、睡眠不足が深くかかわっていると考えているわけです。これが厚労省の見解です。1日4時間から6時間の睡眠不足状態では、睡眠不足が脳心臓疾患の有病率や死亡率を高めるということを言っているわけです。
 厚労省が言っている、その根拠を説明すると次のようなことになります。1日24時間のうち、基本的な労働時間が8時間、通勤したり、食事をしたり、新聞を読んだり、テレビを見たり、お風呂に入ったりという「生理時間」が6時間は必要といわれています。残りは10時間ということになります。4時間から6時間以下の睡眠では脳心臓疾患の可能性が出てくるということですが、1日のうち8時間仕事した上にさらに4時間残業すると、睡眠時間が6時間以下になってしまい、脳心臓疾患の発症になるということになるのです。
 6時間以下の睡眠では健康障害の危険性が高まる、過重労働防止対策をしなければいけないということが厚労省の方からも出てきているということになります。

睡眠時間が少ないことは死亡のリスクを高めること
 もう1つ説明します。資料4に、睡眠時間と健康障害という調査の結果がありますが、睡眠時間が6時間くらい以下だと、高血圧、糖尿病、肥満が増えてくる、死亡も増える(もっとも睡眠時間が多い層が病気だという数値は、病気になってしまったので必然的に睡眠時間が多くなるということ)。睡眠時間が少ないのは、病気、死亡のリスクが高まるということを、理解していただきたいのです。
 また、資料5をご覧ください。メンタルヘルスの問題でいうと、時間外労働が増えれば増えるほど、精神健康度は悪化しているということが示されています。資料6は睡眠時間と抑うつ度の関係を示していますが、睡眠時間が6時間以下になってくると抑うつ度が高いという結果です。
 このように、何よりも長時間労働を改善しないと労働者の健康は守れないということを、そのメカニズムとともに、知っていただきたいのです。






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